イタリア移住5年目。暮らして感じるメリット・デメリット

イタリア生活

こんにちは、ぽれんたです。

イタリアと聞くと、陽気な人々、美味しい食事、美しい街並みなどを思い浮かべるかもしれません。

実際に旅行で日本にはない文化や習慣に触れ、その魅力を感じて移住を考える方もいらっしゃるのでないでしょうか。

しかし、旅行と実際に暮らすことは別です。

私は現在、イタリアのベネト州に移住して5年目になります。最初は想像とのギャップも大きく、慣れるまでかなり苦労しました。

今回は、私が実際に暮らして感じたメリット・デメリットをご紹介します。

※この記事は、イタリアでの私自身の経験をもとに書いています。地域や家庭環境によって感じ方は異なると思いますが、一つの体験談として読んでいただけたら嬉しいです。

私が感じたメリット4選

①時間に追われない生活

イタリア人が何に対しても時間にルーズ、というわけではありません。仕事や学校の送迎、病院の予約時間など、時間を守るべき場面ではきちんと守ります。

しかし、日本人のように小走りで移動したり、常に時計をみて分刻みで計画通り行動するように、時間厳守で生活している人は少ないかもしれません。

私には、イタリアでは時間の流れ方そのものが違うように感じます。

日本にいた頃の私は、飲食店に勤めていたこともあり、毎日時間との戦いでした。

仕事中はもちろん休日でさえ、「次は何時までにこれをして、その後はあれをして・・・」と、常にスケジュールを立てながら生活していたように思います。

その感覚のままイタリアへ来たため移住当初は、 「どうしてそんなに慌ててるの」「落ち着いて、ゆっくりいこう」「焦っても何も変わらないよ」 とよく言われました。

当時はこののんびりした対応にイライラしていました。しかし最近ではイタリアの考え方や習慣にも慣れ、必要以上に焦ることが減り、以前より気持ちに余裕を持って生活できるようになりました。

②自分の気持ちを素直に伝えやすい

日本では、相手への配慮や遠慮から本音を言わなかったり、自分の意見を後回しにしたりすることがあるかもしれません。

一方でイタリアでは、各々が自分の考えや希望を伝えあうのはごく自然なことです。

もちろん、イタリア人も相手への配慮がないわけではありません。しかし日本のように、相手に「察してもらう」よりも、まずは」自分の気持ちを言葉にして伝えることを大切にしているように感じます。

私も、その違いに戸惑った経験が何度もありました。

ある日、ベネズエラ出身の友達から、母国でよく食べられている伝統的なプリン「ケシージョ」のことを教えてもらいました。

私はプリンは苦手なのですが、相手の国のお菓子を否定したくなかったので、「美味しそうだね」と答えました。

すると相手は、私が”プリンが好きで食べてみたいと思っている”と受け取ったようで、後日わざわざ手作りのケシージョを持ってきてくれたのです。

しかし一口しか食べることができず、相手のせっかくの好意を無駄にしてしまうことになりました。

他にも、語学学校でカラオケの話になったとき、「カラオケは好き?」と聞かれたことがありました。

日本にいた頃の感覚で、その場の雰囲気に合わせて「好きだよ」と答えました。すると後日「今日20時にカラオケバーに集合ね!」と誘われました。

私はその場の会話を楽しむつもりで答えただけでしたが、相手は言葉通りに受け取り、本当にカラオケがしたくて誘ってくれたのです。

こうした経験を通して、イタリアでは好き嫌いや自分の意見や気持ちは、日本にいた頃よりもはっきり伝えたほうが、かえって相手とのすれ違いが少ないのだと感じるようになりました。

イタリアで暮らすようになってからは、自分の好みや意見を素直に伝えやすくなり、無理に取り繕うことがなくなり自分らしく過ごせるようになりました。

相手の言動に対しても裏表があまりない人が多いので、人間関係で深く考えすぎて悩むことも少なくなりました。

③休暇や家族・友人との時間を重視する

イタリア人が仕事を軽視しているわけではありません。しかし、「仕事中心に生活する」のではなく、「休暇や家族・友人との時間を楽しむために働く」という考え方が根付いているように思います。

イタリアも日本と同じように正規社員の基本労働時間は8時間です。

実際に私の夫は仕事が終わると定時で、ほぼ毎日まっすぐに帰宅します。この5年間で残業をしたのは数えるほどしかありません。

日本では珍しくない、付き合いや親睦のための飲み会や食事会もほとんどありません。

仕事が終われば私たち家族と夕食を共にし、休日に職場の関係者と関わることはほとんどありません。

(本当に仲良くなった人と退社後、友達関係になることはあるそうです。)

これは夫に限ったことではなく、私の友人・知人をみていても同じように感じます。

義理姉いわく、「職場の人とは毎日会っている。家族と過ごす時間より長いくらいだから、休みの日まで顔みたいとは思わない」のだそうです。

そして何よりイタリア人が重要視しているのが、夏休み休暇とクリスマス休暇です。

日本では長期休暇を取りづらい職場もありますが、イタリアでは長期休暇を取ることがごく普通です。

私の夫の場合、夏休み・クリスマスともに最低2週間の休暇があり、家族で海や山に遊びに行ったり、友人と過ごしたり、のんびり有意義な時間を過ごすことができています。

私自身日本で働いていた頃は、長時間労働が日常的でした。長期休暇はほとんどなく、家族や友人との時間を十分に確保することはできませんでした。

それでも当時は仕事にやりがいや生きがいを感じていたため、それが当たり前だと思っていました。日本で生活を続けていたら、仕事中心の生活をずっと続けていたかもしれません。

だからこそイタリアに来て、「仕事だけが人生ではない」という考え方に触れたことで、働き方や時間の使い方を見つめ直すきっかけになりました。

④みんなと同じよりも個性を尊重する考え方

娘が幼稚園へ通い始めた頃、私は親として、娘が幼稚園での集団生活に上手く馴染めているかをとても心配していました。

また、家では私と日本語で会話するため、日本語とイタリア語を混ぜて話すことも多く、言葉の面でも不安がありました。そのため、友達の輪に上手く入れていないようにも見えることもありました。

そんなある日、幼稚園の先生との面談の際、私は先生に心配事を相談しました。

先生は私の不安を打ち消すように、こう話してくれました。

「大人でも大人数が好きな人もいれば、少人数や一人でいる方が楽な人もいます。それぞれ好みが違うように、子供にも好き嫌いがあります。娘さんは大人数よりも少人数の方が居心地が良いと感じるタイプなんです。」

さらに先生は、

「特定の友達にこだわらず、毎日違う子と遊べるのは、娘さんにとって幼稚園が安心できる場所に変わったからだと思います。自由にいろいろな子と遊んだり、一人の時間も楽く過ごせているのは、成長している証拠ですよ。」

と教えてくれました。

そして心配していたイタリア語についても、

「イタリア語はこれから自然と身についていきます。それよりも、生まれながらにして日本語も話せる環境であることが素晴らしいことです。これも娘さんの一つの個性です。これからも日本語でたくさん話かけてあげてください。」

と言ってくださいました。

この言葉を聞いた時、肩の力がすっと抜けたのを今でも覚えています。

私はそれまで、「友達の輪に入れているか」「みんなと同じように過ごせているか」ということばかりを気にしていました。

しかし先生の言葉によって、本当に大切なのは周りに馴染むことではなく、娘自身が安心して楽しく過ごせているかを見守り、娘の個性を尊重してあげることが大切なのだと考えるようになりました。

私が感じたデメリット4選

①諸手続きに時間がかかる

イタリアで暮らしていて、今でも慣れないことのひとつが、手続きやサービスにかかる時間です。

日本では「必要になったらすぐできる」「予定通りに進む」ということが当たり前でした。

例えば、市役所で書類が必要になった場合、営業時間内に申請すれば、早ければ15分程、時間がかかっても数時間以内に受け取れることがほとんどでした。

しかし、イタリアではその感覚は通用しません。 公的な手続きはもちろん、郵便や配送などのサービスでも、日本のようにスムーズに進むとは限りません。

外国人にとって欠かせない在留カードの手続きも例外ではありません。

申請するまでにかかるのは言うまでもなく、ようやく申請が受理されたと思っても、在留カードを受け取るまでに数カ月かかります。

最近、住所変更のため在留カードの手続きをしたのですが、受け取りまでに6カ月待ちました。

また、時間がかかるだけでなく、対応が大雑把に感じることもあります。

担当者によって説明がかわったり、必要書類を正確に教えてくれなかったり、確認しても曖昧な答えしか返ってこないこともあるからです。

最初の頃は「どうしてこんなに時間がかかるの?」「なぜこんなに適当なの?」と何度もイライラしました。

今でこそ、「イタリアはこういうもの」と思えるようになりましたが、何か手続きを始める前は今田に「今回は絶対一度で終わらせたい」と、戦いに挑むような気持ちで向かっています。

②日本と比べると不便なところ

イタリアへ移住してから、日本での暮らしがどれほど恵まれていたのかを何度も実感しました。

日本では、欲しいものがあればすぐに買うことができ、手頃な価格でも質の高い商品が手に入ります。

公共施設やトイレも清潔に保たれ、外食や娯楽施設も充実しているため、生活の中で不便に感じることはほとんどありませんでした。

しかし、こちらで生活を始めてみると、その違いを日常のあらゆる場面で感じるようになりました。

まず戸惑ったのは、日本では当たり前だった「必要な時に必要なものをすぐ買える」という生活ができないことでした。

24時間営業ののコンビニはほとんどなく、「なんか小腹が減った」「甘いものを食べたい」と思っても、気軽に買い物ができる環境ではありません。

また、日本の100円ショップのように、安くても品質の良い商品が何でも揃うお店もありません。

実際に手頃な価格の商品を購入すると、「思っていたより使いにくい」「すぐ壊れてしまった」といった経験もあり、日本の商品の品質の高さを何度も実感しました。

外食も、日本ほど気軽にはできません。

日本では牛丼店やファミリーレストラン、定食屋など、一人でも入りやすく、手軽な価格でさっと食事を済ませられるお店がたくさんあります。

ですがイタリアではそのようなお店は少なく、「今日は疲れたから食べて帰ろう」という感覚で外食する機会は、日本ほど多くありません。

また、子供を連れて遊びに行ける場所にも違いがあります。

公園や広場など自然に触れる機会はたくさんありますが、日本にあるような大型遊具のある公園、天気に左右されず遊べる室内遊び場やキャラクター施設、カラオケやゲームセンターのような娯楽施設は、日本ほど豊富ではありません。

遊び盛りの娘がいる我が家では、休日の選択肢が少なく、特に雨の日はどこへ連れて行こうか困ることがよくあります。

さらに、夏の暮らしにも驚きました。エアコンの普及率も日本ほど高くないため、一般的な家庭では、エアコンが一台だけという家も珍しくありません。

一台で家全体を冷やそうとするため、部屋によってはなかなか涼しくなりません。

電気代も高いため、エアコンを使用することをためらってしまうのが現状です。

移住したばかりの頃は「なんでこんなに不便なんだろう」と文句ばかり言っていました。

日本で当たり前だった暮らしが、どれほど便利で快適だったかを痛感した瞬間でした。

③頼れる家族が近くにいない移住者の子育て

イタリアで子育てをしていて感じるのは、孫にとっての祖父母の存在の大きさです。

日本でも祖父母が孫のお世話をする家庭はありますが、イタリアでは特に、祖父母が育児に積極的に関わる場面を本当によく目にします。

私が住んでいる地域では、祖父母が幼稚園や小学校の送り迎えをしたり、親が仕事をしている間に子供を預かったりする姿をみかけます。

週末になると祖父母の家へ集まり、家族みんなで過ごしている家庭も多いようです。

例えば、イタリアにはFesta dei nonni(祖父母の日)があり、娘が通う幼稚園でも日頃お世話をしてくれることに感謝し、祖父母を招いて一緒に過ごすイベントが開かれます。

それだけ祖父母は、子供の成長の中で身近で大切な存在として考えられているのだと感じます。

しかし、私の両親は日本に住んでおり、イタリア人の夫の両親は他界しています。そのため、娘の祖父母が行事に参加することはできません。

娘が寂しそうに、周りの子供たちが祖父母と楽しそうに過ごしている姿をみるのは、やはり心苦しい気持ちになります。

他にも、私が通う語学学校で、頼れる家族が近くにいないんだと実感した出来事がありました。

先生たちがクラスのみんなを日帰り旅行に連れていってくれることになったのですが、プランの内容が娘のお迎えの時間に間に合わないため、諦めることにしました。

そのことを先生に伝えると、「ご両親か義理両親にお願いできないの?」と、ごく自然に聞かれました。

もちろん先生に悪気があったわけではありません。その先生自身もおばあちゃんで、普段から孫の送迎をしたり、親が仕事や予定で忙しい時には預かったりしているそうです。

その話を聞いて、イタリアでは祖父母に頼ることが特別な事ではなく、ごく自然な選択肢として考えられているのだと実感しました。

同時に、「誰にでも頼れる両親がいるわけではないのにな」と複雑な気持ちになりました。

今は私が家にいるため何とか対応できていますが、将来仕事を始めたら、送迎や学校の長期休暇、急な体調不良の時など、どうやって乗り越えていけばいいのだろうと不安になることがあります。

家族みんなで子育てを支え合う文化は、イタリアの素敵な魅力の一つだと思います。

その一方で、近くに頼れる家族がいない移住者にとっては、その支えがないことを実感する場面も少なくありません。

イタリアで子育てを始めたからこそ、頼れる家族の存在の大きさをさらに強く感じるようになりました。

④日本との距離は想像以上に遠い

今は無料で電話やビデオ通話ができる便利な時代です。顔を見ながら話せるため、昔に比べれば日本との距離を感じにくくなったかもしれません。

それでも、画面越しで話せることと、実際に会えることは全く別です。

娘は日本に住む私の母と、ビデオ通話しながら一緒に食事をすることがあります。

同じ時間を過ごし、おしゃべりをしたり、笑い合うことはできます。それでも、同じ空間にいるのとはやっぱり違います。

「おばちゃんは何を食べてるの?美味しそう、私にも食べたい!」

そう言っても、画面の向こうから「はい、どうぞ」と一口分けてあげることもできません。

また、娘がおばあちゃんに絵を描いた際、「プレゼントしたい!」と言いながら、画面に向かって一生懸命渡そうとしていたこともありました。

もちろん、本当に渡せるわけではありません。

夫婦喧嘩をして「少し実家に帰ろう」と思っても、簡単に帰れる距離ではありません。

親が病気になったり、家族に何かあったとしても、すぐに駆け付けることはできません。

日本へ帰るには長時間の移動と高額な航空券が必要です。例えば私が利用する航空会社の便では、乗り継ぎ時間も含めると、日本に着くまで丸一日近くかかることもあります。

そして、海外で暮らすうえで覚悟しておかなければならないことの一つが、家族の最後に立ち会えない可能性があることです。

私の親はまだ健在ですが、祖父が亡くなったときにそれを痛感しました。

祖父は98歳、数年前から体調がすぐれなかったというのもあり、会えなくなっても仕方ない、覚悟はできていると思っていました。

それでもやはり母から、今夜が峠だという知らせを聞いたときは、何とも言えない寂しさがどっと押し寄せてきました。

もしこれが親のときなら・・・と様々なことを考えさせられました。

移住する前から、イタリアと日本が遠いことはわかっていました。

しかし、いくらわかっていたとはいえ、日常の小さな出来事の中ですら日本との距離を実感します。

海外移住は自分が日本を離れるだけではありません。

家族と過ごす時間や、子供が祖父母と過ごせる時間にも影響するのだと、暮らし始めてから強く感じるようになりました。

まとめ

どちらの国が良い、悪いという話ではありませんが、イタリアに移住したからこそ、日本の良さに気づくことができました。

イタリアへ移住した当初、「隣の芝生は青く見える」とはまさにこのことだと痛感したのを、今でも忘れません。

しかし、5年間暮らした今では「住めば都」という言葉も、まさにこのことだと感じています。

これからイタリアへの移住への移住を考えている方にとって、この記事が少しでも参考になれば嬉しいです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。







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